top of page

カメッセイ(小学3年 5月から入塾)獨協中学、佐久長聖 合格

カメッセイのカメの歩み=中学受験レポート=

◇3年生(カメが歩いたキョリ=0m

・茶理庵に入り、「12段階制 入試計算教室」を受ける。

・30分程度で終わるはずの計算プリントを、なぜか1時間以上もかかってしまう。

・ボーーッとしすぎて、あとのことはよく憶えていない。。


◇4年生(カメが歩いたキョリ=1m

・初めての本格的なクラス授業にドキドキ。すぐになじみ、フザけ始める。

・知識系の小テストは母に手伝ってもらって、80~90点を維持していたが、

母が忙しいときなど一人でやると、点数は地に落ちる。算数の「バレテーラテスト」はボロボロ。

・4年生の後期になって、やっとカメが歩み始める。

(その後も、授業中によくフザけていたが、

秒速5mmくらいの速さでじりじりと進んでいたと思う。。💦)

・…と言いつつ、

何回か宿題を忘れたり、先生との約束を忘れてしまうことが続き、

「オレンジカード(←レッドカードの一歩手前)」が発行され、目の前が真っ暗になった。


◇5年生(カメが歩いたキョリ=5m

・自分にとって、5年生時期の大きなカベは「忘れ物」だった。

・忘れ物をなくすために、いろいろあれこれ手を打ってみたが、効果はなかった。。💦


◇6年生(カメが歩いたキョリ=前期12m、後期70m

・「G7のテスト」がやってきた。1回目も、2回目も不合格だった。

が、姉に特訓をしてもらい、3度目にようやく合格できた。

「第一志望校」を決めた

第一志望校に向かって、テツジンが「アプローチ」や「これだけ算数」を作ってくれた。

・秋になっても、理科と算数の「アプローチ」が減らない!

減らないどころか、枚数の厚さが3cmに達した!!!

それでも、自分はのんきに「得意なものばかりを選んで」やっていた。


◇1月

・1月校を受験し、見事に合格した。

父がとても1月校を気に入って、

「もし、2月校が全部受からなかったら、ここに入学!」と言われたので、プレッシャーを感じた。

・1月になっても、厚さ3cmの「アプローチ」は一向に減らなかった。

得意なものばかりを選んでいたので、苦手な問題ばかりが残っていたからだ。

それをテツジンに指摘され、細かく指示を出してもらった。

そのおかげで、3cm→5mmまで減った!


◇2月

・2月1日、入試本番の1日目の午前。

目の前の入試問題は、見たことがある問題ばかりだった。しかし、、、

それで調子に乗りすぎてしまったのか、午前の結果は「不合格」だった。

結果を知って僕はたくさん泣いた

母はすでに、「午後もダメに違いない」とあきらめていた。

午後の部の発表が出た。

結果を知ったとき、母は発狂した。母の第一志望校(激推し校)だったからだ。

僕もとてもうれしかった。

・2月2日。僕は、僕の第一志望校を受けに行った。

残念ながら落ちてしまった。

2月4日、今までの力を全部出し切って、最後のチャンスに賭けた。

けど、、、届かなかった。


でも、僕は力を出し切った。だから悔いはなし。

・入試が終わって、ふと見上げた空は、本当にきれいだった。

=カメの歩みは、まだまだ続くのだ。=

関連記事

すべて表示

ビーンズバスター(新小学5年 2月から入塾)國學院久我山(ST)、國學院久我山(一般) 合格

僕は、4年生の2月ごろに、茶理庵に入塾しました。 僕は、最初の頃、茶理庵の教室に行くのが、正直とてもダルかった。 特に、最初は忘れ物が多くて、それをごまかそうと、その都度アホらしいウソをついていた。 でも、チャーリーにウソは通用しない。毎回必ずウソを見抜かれ、怒られる。このサイクルをイヤというほど繰り返していた。 その結果、天敵チャーリーさえ、うまくやり過ごすことができれば…と思った僕は、「チャー

おむすびどこりん(新小学4年 2月から入塾)大妻中学、山脇学園、他 合格

私は、3年生の冬に茶理庵に入塾しました。 友達と一緒に、体験授業を受けに行ったのですが、短い時間の間に、他の塾とは違うイイところ をたくさん見つけることができました。 私は、茶理庵独特の雰囲気や授業の楽しさに惹かれ、入塾を決めました。 テツジンは、暗記や復習といった地道な努力を全然しなかった私を、最後の最後まで見放さないでいてくれました。 受験当日に、電話で話してくれた言葉は、一生忘れません! チ

アナと白紙の女王(新小学4年 2月から入塾)國學院久我山中学、他 合格

私は、小学3年生の終わりころ、茶理庵に通い始めました。 4年生の時は、まだ受験生という実感はありませんでしたが、塾の小テストで追試になることもほとんどありませんでした。 なので、調子に乗っていたんだと思います。 5年生になると、ほとんど毎回と言っていいほど「追試の連発」でした。 追試になって、母に怒られるのが嫌で、点数をごまかして家族も先生たちもうまくだませているつもりでいました。 でも、、、チャ

Comentarios


bottom of page