top of page

シーホークス(小学4年生からの入塾)横浜国大附属横浜、法政第二中学 他、合格

中学受験で一番つらかったのは、スポーツ(アメフト)と塾の両立でした。​


この両立を、僕はチームが試合で敗れ引退する6年生の11月まで、ずっと続けてきました。ただでさえ大変な受験を、激しい運動量のアメフトと両立させることは、体力的にも精神的にもかなり負担がかかり、とにかく「キツかった」の一言しか思い浮かびません​。


練習や試合のために、他の人よりも勉強に使える時間が圧倒的に少なかった僕は、「夜中の12時までやる!」と決めて受験勉強に取り組みました。​が、それでも、模擬試験ではいい結果がまったく出ませんでした。


もうすぐ冬という頃、アメフト(小学生チーム)を引退したことで、やっと土日が勉強に使えるようになって、一気に勉強量が増えました。でも気づいたら、もうあっという間に入試目前でした。


結果は、1校を除いて残りの学校全てから「合格」をもらえました。「合格」を聞いた瞬間は、鳥肌が立つぐらいスゴく嬉しかったです!


こんなにキツい両立をこなすことができたのは、茶理庵だからこそできたことだと思っています。

チャーリーとテツジンの2人には、とてもお世話になり本当に感謝しています。

関連記事

すべて表示

私は、小学3年生から茶理庵に入塾しました。 姉が茶理庵生だったこともあって、私は、塾に入るなら茶理庵しかない!と思っていました。だから、他の塾の体験には、一切行きませんでした。 小学2年生の終わるころ、親に「塾に入りたい」と言ったら、「まだ、早いんじゃない?」と言われましたが、頑固な私は食い下がって、茶理庵の体験授業に連れていってもらいました。私は、小学1年生の頃から、算数の問題を解くのが好きで、

私は、小学3年生の冬(新小学4年生の2月)から茶理庵に入りました。 無料の体験授業で、チャーリーやテツジンの”ユニークな授業”に惹かれて入塾を決めました。 中学受験の航海に出て、私が直面した最初の課題は「復習」でした。6年生になって、「ドジノートの提出が義務ではなくなる」と、ちょくちょくサボってしまうことがありました。 それでも前期のうちは、まだなんとか踏みとどまっていたのですが、夏休みを過ぎたあ

僕は、4年生の夏から、茶理庵に通い始めました。 それまでは、「個別指導塾」に通っていましたが、親の薦めで、茶理庵の体験授業を受けてみました。 すると、授業がとてもおもしろくて、入塾することにしました。入塾すると、仲間たちと過ごす時間がとても楽しく感じられました。 塾での勉強は、4、5年生のときは大きなつらさを感じることはありませんでしたが、さすがに6年生になると、徐々につらさを感じ始めました。 特

bottom of page