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カメッセイ(小学3年 5月から入塾)獨協中学、佐久長聖 合格

  • 2023年5月1日
  • 読了時間: 3分

カメッセイのカメの歩み=中学受験レポート=

◇3年生(カメが歩いたキョリ=0m

・茶理庵に入り、「12段階制 入試計算教室」を受ける。

・30分程度で終わるはずの計算プリントを、なぜか1時間以上もかかってしまう。

・ボーーッとしすぎて、あとのことはよく憶えていない。。


◇4年生(カメが歩いたキョリ=1m

・初めての本格的なクラス授業にドキドキ。すぐになじみ、フザけ始める。

・知識系の小テストは母に手伝ってもらって、80~90点を維持していたが、

母が忙しいときなど一人でやると、点数は地に落ちる。算数の「バレテーラテスト」はボロボロ。

・4年生の後期になって、やっとカメが歩み始める。

(その後も、授業中によくフザけていたが、

秒速5mmくらいの速さでじりじりと進んでいたと思う。。💦)

・…と言いつつ、

何回か宿題を忘れたり、先生との約束を忘れてしまうことが続き、

「オレンジカード(←レッドカードの一歩手前)」が発行され、目の前が真っ暗になった。


◇5年生(カメが歩いたキョリ=5m

・自分にとって、5年生時期の大きなカベは「忘れ物」だった。

・忘れ物をなくすために、いろいろあれこれ手を打ってみたが、効果はなかった。。💦


◇6年生(カメが歩いたキョリ=前期12m、後期70m

・「G7のテスト」がやってきた。1回目も、2回目も不合格だった。

が、姉に特訓をしてもらい、3度目にようやく合格できた。

「第一志望校」を決めた

第一志望校に向かって、テツジンが「アプローチ」や「これだけ算数」を作ってくれた。

・秋になっても、理科と算数の「アプローチ」が減らない!

減らないどころか、枚数の厚さが3cmに達した!!!

それでも、自分はのんきに「得意なものばかりを選んで」やっていた。


◇1月

・1月校を受験し、見事に合格した。

父がとても1月校を気に入って、

「もし、2月校が全部受からなかったら、ここに入学!」と言われたので、プレッシャーを感じた。

・1月になっても、厚さ3cmの「アプローチ」は一向に減らなかった。

得意なものばかりを選んでいたので、苦手な問題ばかりが残っていたからだ。

それをテツジンに指摘され、細かく指示を出してもらった。

そのおかげで、3cm→5mmまで減った!


◇2月

・2月1日、入試本番の1日目の午前。

目の前の入試問題は、見たことがある問題ばかりだった。しかし、、、

それで調子に乗りすぎてしまったのか、午前の結果は「不合格」だった。

結果を知って僕はたくさん泣いた

母はすでに、「午後もダメに違いない」とあきらめていた。

午後の部の発表が出た。

結果を知ったとき、母は発狂した。母の第一志望校(激推し校)だったからだ。

僕もとてもうれしかった。

・2月2日。僕は、僕の第一志望校を受けに行った。

残念ながら落ちてしまった。

2月4日、今までの力を全部出し切って、最後のチャンスに賭けた。

けど、、、届かなかった。


でも、僕は力を出し切った。だから悔いはなし。

・入試が終わって、ふと見上げた空は、本当にきれいだった。

=カメの歩みは、まだまだ続くのだ。=

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